2009年06月17日

断固とした人に。

俺は
貴方の様に愚痴っぽく人前でイライラしてみせる人に対して
はっきりと不快感を示せる人間になりたい。
貴方の様な人に嫌われる事も、後ろ指さされる事も恐れず
勇気を持って自己主張できる人間になりたい。

俺は
貴方の様な嫌味で威圧的な人に対して
断固としていたい。媚びへつらうように接するのを今すぐ辞め、
貴方の様な人に憎まれる事、キレられる事に恐れず立ち向かい、
事実を事実として認める権利を主張できる人間になりたい。

俺は
あなた方のとる理不尽な態度の前で
断固として自分でいられる人間になりたい。
断固として厳しく、断固として優しく
貴方達とも誰とでも、堂々と対峙できる人間になりたい。
貴方達に見捨てられる事を恐れ怯えるより
貴方達を理解し、貴方達に決して屈しない人になりたい。
貴方達の毒の様な態度には、俺はもう二度と負けない。

yuji_barman at 23:33|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!生き方コラム 

2009年06月14日

去年の今日

ふと思い立って、去年の今日、つまり2008年6月14日の日記を見た。
ぼんやりと『接客がやりたい』と気付き始めて、
バーテンダー業務を転々とし始めた頃。
当時の日記を読むと、
現実の厳しさにくじけそうになりながらも、
少しずつ少しずつ主体性を養ってゆく過程が、
それでも読み取れる。

そして14日の今日は、別れてなお依存関係が続いていた元彼女に、
はっきりと決別の自己主張をした日であった。

別れてなお、
脅し、泣きつき、自分を失って怒り狂い、
それでお互いの足を引っ張り合う依存関係に、
長い間お互いが苛つき、疲弊してきた。

二人は、二人のために、
一人一人が独立して歩き出さなければならなかった。
お互いの存在がお互いをダメにする。
言うなればハリネズミのように、我々は距離が近い程に傷ついてきた。
幸せになるべく自律の歩みを始めた我々に、その距離は、あまりに近過ぎた。

延々と続く麻薬の様な関係を終わらせる為に、
はっきりと、出来るだけ素直に、手紙を書いた日が、去年の今日。
詳しい内容はふせるが、それは心理的な決別の手紙。

悪かったと思う事には「本当にすまなかった」と書き、
不愉快に思う事は「不愉快に思います」と書き、
ありがとうと思う事は「ありがとう」と書いた。
別れを覚悟して、相手に対して感じる事を
出来るだけ素直に書いた。

パソコンにはその手紙の下書きが打ち込まれている。
こうしてブログで説明するにはとても言葉が足りない。
断固としていて、切なくて、悲しくて、どこか暖かい気持ちも含んだような
説明し難い複雑微妙な温度がその文面ににじみ出ていた。

その手紙を出した直後には、自分の中に渦巻く有り余った感情を
次のように書きなぐっている。

『ありがとう
ありがとう
今までずっと
ありがとう
たくさん傷つけてごめん
ありがとう
生きてくれてありがとう
出会ってくれて
一緒にすごしてくれて
辛い事も
楽しい事も
二人でたくさん経験しました
ありがとう
本当に
本当に
長い間
ありがとう

お疲れさま』


yuji_barman at 23:38|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!日記:他 

2009年06月12日

親子

■親子

街角で、若い親に大げさに失望されて、行き場の無くなっている幼い子供をみかけると
他人の事とはいえ、少し切なくなる。

「お前は本当にクズだな!」
不機嫌そうな父親に人前もはばからずそう言われ、
幼い少女はトボトボと父の後ろに付き従っていた。
右手に抱えた可愛らしいパッケージのお菓子。

「アンタは本当に馬鹿なんだから。なんでもう少し利口になれないの?!」
うつむくしか無い男児にむかって、若い母親は顔を歪めてそう吐き捨てた。
黄色いランドセルを背負って歩く小さな後ろ姿。

「ぶつよ!?アンタ思いっきりぶたれたい!?」
神経質そうな金切り声で叫ぶ母親。
立ちつくして泣くしか無い、2、3歳くらいの小さな子供。

子供の様な親に脅したりすかされたりされて、それでも子供達は生きるしか無い。
本当に幼い子供達は、いくら苦しくても死の選択はない。
彼等は自殺出来る程、主張する事をしらない。甘える事をしらない。表現する事をまだ知らない。
本当に何も知らない。何も、解らない。
それが子供というものである。

子供の様な親は自分が生んだ子供に大人であることを要求する。
知らない事を許さない。解らない事を許せない。無能である事を許せない。
子供達が自分にとって都合が良くないと、許せない。
いつまでも可愛く、従順で、自分の手を煩わせず、自分を気遣い、
なおかつ自分の劣等感を満たすようでないと、許せない。

この親は、アダルトチャイルドという言葉を知らない。
そしてまさか自分がそのアダルトチャイルドであろう事を知らない。
ただでさえ大変な子育てに、必要以上に疲弊して、苦悩して、
家庭に本来あるはずの安心感や楽しさを失ってゆく。

この親子がアダルトチャイルドという言葉を知っているだけで、
いつか子供は自らを生かす事を覚えるかもしれない。
いつか親は自らの過ちに気付くかもしれない。
なんとなく、そんな期待をしてしまう。

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yuji_barman at 23:55|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!生き方コラム