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<title>生き方ログ</title> 
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<modified>2009-11-27T02:32:48Z</modified> 
<tagline><![CDATA[生きるって凄い。]]></tagline> 
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<name>yuji_barman</name> 
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<copyright>Copyright (c) 2009, yuji_barman </copyright>
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<title>「自分は辛い」と認める事</title> 
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<modified>2009-09-03T13:59:08Z</modified> 
<issued>2009-09-03T22:59:08+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2009:yuji_barman.985104</id> 
<summary type="text/plain">今、自分が辛いとする。
そしてその辛さを我慢して誰にも言わず、
ただひたすら耐える道を貴方が選んだとする。

その行動は本当に、貴方が思う程賞賛に値するだろうか。
貴方が本当は辛いのに「辛い」と言わないのは何故か。
貴方は「辛い」と言わないのではなく、言えない...</summary> 
<dc:subject></dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://ikikatalog.livedoor.biz/archives/985104.html">
<![CDATA[今、自分が辛いとする。<br>
そしてその辛さを我慢して誰にも言わず、<br>
ただひたすら耐える道を貴方が選んだとする。<br>
<br>
その行動は本当に、貴方が思う程賞賛に値するだろうか。<br>
貴方が本当は辛いのに「辛い」と言わないのは何故か。<br>
貴方は「辛い」と言わないのではなく、言えないのではないだろうか。<br>
辛いと言えば世間に「甘ったれ」と言われる。<br>
辛いと言えば「貴方よりもっと辛い人がこの世にはたくさんいると責められる。<br>
辛いと言えば本当に救い様のない、恐るべき暗闇を直視する様な気がする。<br>
<br>
だからたった一言、「辛い」と言えない。<br>
<br>
それは抑圧と言う。<br>
<br>
貴方がたった一言、「本当は辛い」と漏らした時、それを批判する様な人は、<br>
貴方の友人ではない。<br>
貴方とその人は生きる価値観からして決して折り合わない。<br>
<br>
貴方がたった一言、「本当は辛いんだ」と安心して漏らせる相手ならば、<br>
貴方の真の友人足りうる。<br>
少なくとも、貴方が辛くても、その人は辛くはない。<br>
辛い貴方を１人の人間として認めてくれている。<br>
<br>
私は今辛い。体力的にも精神的にも辛い。<br>
人生なかなかウマくは行かない。<br>
しかし、ただ辛いと認める事で、自分に寄り添う事ができる。<br>
<br>
少なくとも自分の本当の感じ方を抑圧せず、今の自分とそれを取り巻く環境を、<br>
冷静に見る事が出来る。<br>
辛い私はこれからどう歩めば良いのか。<br>
まだ耐えられるか。もう耐えられないか。何か他にも選択肢があるか。<br>
ここから何を得ているか。ここで何を失っているか。<br>
<br>
辛い事を認められないという事は、悲しく、愚かである。<br>
<br>
自分は辛いと認める事で、やっと道は開ける。<br>
<br>
]]> 
</content>
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<name>yuji_barman</name> 
</author>
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<title>他人からどう見られているかを、甘んじて受け入れる</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://ikikatalog.livedoor.biz/archives/982458.html" />
<modified>2009-08-31T14:16:21Z</modified> 
<issued>2009-08-31T23:06:01+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2009:yuji_barman.982458</id> 
<summary type="text/plain">「優しい」と言われた。
また、「優し過ぎる」と言われた。

「癒される」と言われた。
また、「どんくさい」と言われた。

「強い」と言われた。
また、「Mだろ」と言われた。

「偉いよ」と言われた。
また、「良い歳して」と言われた。

人によって、私という...</summary> 
<dc:subject>日記：他</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://ikikatalog.livedoor.biz/archives/982458.html">
<![CDATA[「優しい」と言われた。<br>
また、「優し過ぎる」と言われた。<br>
<br>
「癒される」と言われた。<br>
また、「どんくさい」と言われた。<br>
<br>
「強い」と言われた。<br>
また、「Mだろ」と言われた。<br>
<br>
「偉いよ」と言われた。<br>
また、「良い歳して」と言われた。<br>
<br>
人によって、私という人間を受け止めるのにこれほど違いがある。<br>
私は、出来る限り優しくて強い人間になりたいと思っている。<br>
私は確かに、優し過ぎるかもしれない。「過ぎる」というのはつまり、<br>
ある人にとっては私は決して反抗しない、気の弱い、頼りない存在なのかもしれない。<br>
つまりある人にとって私は無駄に優しい。<br>
<br>
私は確かにどんくさい。決して「出来る」人間ではない。<br>
むしろ出来ない方だったからこそ、生きるのがひたすら辛かった時期がある。<br>
正確には出来ない事を出来るように四六時中演じる事で孤独に疲弊していった時期がある。<br>
<br>
私は確かに多少マゾヒスティックである。<br>
私の青春時代は、不当な圧力や要求にひたすら耐え忍ぶ病的なものだった。<br>
私はその成長過程で、反抗する事への過剰な不安を身体にしみ込ませてしまった。<br>
故に、ある人には非常に従順な、虐めやすい人間に見えるだろう。<br>
<br>
私は確かに世間的には良い歳に当てはまる。<br>
私はそれほど世間知らずという訳でもない。<br>
一般的に語られる３０代の男性に見合う十分な収入と、パートナーと、ある程度の社会的地位<br>
そのどれもが、私にはない事を自ずと理解している。<br>
この「一般的基準」を己の価値基準として捉える人にとっては、<br>
私は「普通」には属さない。つまり基準値を大幅に下回る私は、<br>
彼等にとって普通以下であろう。<br>
私を見下したり軽蔑する人がいるのは頷ける。<br>
<br>
彼等の目に映るどの私も、私には違いない。<br>
彼等がそう思うのは客観的な事実である。<br>
<br>
私はそれをどうこうしようとせず、納得して手放して良いのだ。<br>
彼等の持つ私への印象を、心外と思う必要もない。<br>
私はそうしてありのままの自分を、まず甘んじて受け入れ<br>
私なりに一歩一歩進めば良い。<br>
<br>
「もっとこう見られたい」「自分がもっとこうだったら」<br>
そう思う事もある。<br>
<br>
しかし私は私なりにしか歩めない。<br>
歩めないのに、私はずっと本当の自分を憎んで、殺して生きてきた。<br>
「なんで自分はこうなんだ」<br>
実は、その自分こそがありのままの自分。<br>
孤独に泣いている自分。<br>
人から好かれる事、嫌われない事に腐心していたが、本当はとても悲しかった。<br>
空しかった。<br>
<br>
私はどんくさい。社会的には無能。世間的に良い歳。気が弱く、決して反抗的ではない。<br>
それでも私には私なりの、かけがえの無いドラマがある。<br>
<br>
私は私の人生の為に、私なりに一生懸命生きている。<br>
<br>
]]> 
</content>
<author>
<name>yuji_barman</name> 
</author>
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<entry>
<title>３１歳</title> 
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<modified>2009-08-14T13:37:59Z</modified> 
<issued>2009-08-14T22:37:59+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2009:yuji_barman.966845</id> 
<summary type="text/plain">３１になった。
自己不在に苦しんで生きた我が３０年近くを振り返ろうとしても、
目の前の問題（夢）が山積み状態の今は、然程感傷的にもならない。

今の私には、この歳にして、やってみたい事、成し遂げてみたい事、いっぱいある。
３０年間生きてきて、成し遂げよう...</summary> 
<dc:subject>日記：他</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://ikikatalog.livedoor.biz/archives/966845.html">
<![CDATA[３１になった。<br>
自己不在に苦しんで生きた我が３０年近くを振り返ろうとしても、<br>
目の前の問題（夢）が山積み状態の今は、然程感傷的にもならない。<br>
<br>
今の私には、この歳にして、やってみたい事、成し遂げてみたい事、いっぱいある。<br>
３０年間生きてきて、成し遂げようとして成し遂げた事は何一つない。<br>
虚無感に苦しみながら逃げ惑うように生きた私の青春時代は、<br>
辛く、暗く、悲しい思い出でもあるが、<br>
過ぎ去ってみればあれは、これからを生きるための準備期間でもあったのではないか。<br>
私は３０年近くも蛹（さなぎ）だった。<br>
３０年近くも地中で寝てたとすれば少し長過ぎるようではあるが、<br>
その分、これからを思い切り生きる事が、私には出来る気がしている。<br>
<br>
慣れたとは言えない接客業のスケジュールをこなすのに精一杯な今の私は<br>
プロフェッショナルな人々に言わせれば相当ひ弱かもしれない。<br>
私は世間的にはもう良い歳かもしれないし、<br>
その割にはあまりにも無学かもしれない。<br>
それでも良い。<br>
<br>
この人生はたった一度しかない。本当に一度しか、ないのだ。<br>
今、こうしているこの瞬間は、二度とは還ってこないのだ。<br>
<br>
だから、<br>
<br>
泥だらけで、不格好でも良いじゃないか。<br>
自分の意志で思い切り生きてみたい。<br>
<br>
傍目にはずっと一人きりかもしれない。<br>
それでもきっと、あの暗い孤独にはもう負けない。<br>
辺りを明るく照らせるくらい、輝いて生きてみたい。<br>
<br>
私は、思い切り生きてみたいんだ。]]> 
</content>
<author>
<name>yuji_barman</name> 
</author>
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<entry>
<title>断固とした人に。</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://ikikatalog.livedoor.biz/archives/904020.html" />
<modified>2009-07-28T14:54:54Z</modified> 
<issued>2009-06-17T23:33:15+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2009:yuji_barman.904020</id> 
<summary type="text/plain">俺は
貴方の様に愚痴っぽく人前でイライラしてみせる人に対して
はっきりと不快感を示せる人間になりたい。
貴方の様な人に嫌われる事も、後ろ指さされる事も恐れず
勇気を持って自己主張できる人間になりたい。

俺は
貴方の様な嫌味で威圧的な人に対して
断固とし...</summary> 
<dc:subject>生き方コラム</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://ikikatalog.livedoor.biz/archives/904020.html">
<![CDATA[俺は<br>
貴方の様に愚痴っぽく人前でイライラしてみせる人に対して<br>
はっきりと不快感を示せる人間になりたい。<br>
貴方の様な人に嫌われる事も、後ろ指さされる事も恐れず<br>
勇気を持って自己主張できる人間になりたい。<br>
<br>
俺は<br>
貴方の様な嫌味で威圧的な人に対して<br>
断固としていたい。媚びへつらうように接するのを今すぐ辞め、<br>
貴方の様な人に憎まれる事、キレられる事に恐れず立ち向かい、<br>
事実を事実として認める権利を主張できる人間になりたい。<br>
<br>
俺は<br>
あなた方のとる理不尽な態度の前で<br>
断固として自分でいられる人間になりたい。<br>
断固として厳しく、断固として優しく<br>
貴方達とも誰とでも、堂々と対峙できる人間になりたい。<br>
貴方達に見捨てられる事を恐れ怯えるより<br>
貴方達を理解し、貴方達に決して屈しない人になりたい。<br>
貴方達の毒の様な態度には、俺はもう二度と負けない。]]> 
</content>
<author>
<name>yuji_barman</name> 
</author>
</entry>

<entry>
<title>去年の今日</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://ikikatalog.livedoor.biz/archives/900373.html" />
<modified>2009-06-17T12:52:13Z</modified> 
<issued>2009-06-14T23:38:23+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2009:yuji_barman.900373</id> 
<summary type="text/plain">ふと思い立って、去年の今日、つまり2008年6月14日の日記を見た。
ぼんやりと『接客がやりたい』と気付き始めて、
バーテンダー業務を転々とし始めた頃。
当時の日記を読むと、
現実の厳しさにくじけそうになりながらも、
少しずつ少しずつ主体性を養ってゆく過程が、
...</summary> 
<dc:subject>日記：他</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://ikikatalog.livedoor.biz/archives/900373.html">
<![CDATA[ふと思い立って、去年の今日、つまり2008年6月14日の日記を見た。<br>
ぼんやりと『接客がやりたい』と気付き始めて、<br>
バーテンダー業務を転々とし始めた頃。<br>
当時の日記を読むと、<br>
現実の厳しさにくじけそうになりながらも、<br>
少しずつ少しずつ主体性を養ってゆく過程が、<br>
それでも読み取れる。<br>
<br>
そして14日の今日は、別れてなお依存関係が続いていた元彼女に、<br>
はっきりと決別の自己主張をした日であった。<br>
<br>
別れてなお、<br>
脅し、泣きつき、自分を失って怒り狂い、<br>
それでお互いの足を引っ張り合う依存関係に、<br>
長い間お互いが苛つき、疲弊してきた。<br>
<br>
二人は、二人のために、<br>
一人一人が独立して歩き出さなければならなかった。<br>
お互いの存在がお互いをダメにする。<br>
言うなればハリネズミのように、我々は距離が近い程に傷ついてきた。<br>
幸せになるべく自律の歩みを始めた我々に、その距離は、あまりに近過ぎた。<br>
<br>
延々と続く麻薬の様な関係を終わらせる為に、<br>
はっきりと、出来るだけ素直に、手紙を書いた日が、去年の今日。<br>
詳しい内容はふせるが、それは心理的な決別の手紙。<br>
<br>
悪かったと思う事には「本当にすまなかった」と書き、<br>
不愉快に思う事は「不愉快に思います」と書き、<br>
ありがとうと思う事は「ありがとう」と書いた。<br>
別れを覚悟して、相手に対して感じる事を<br>
出来るだけ素直に書いた。<br>
<br>
パソコンにはその手紙の下書きが打ち込まれている。<br>
こうしてブログで説明するにはとても言葉が足りない。<br>
断固としていて、切なくて、悲しくて、どこか暖かい気持ちも含んだような<br>
説明し難い複雑微妙な温度がその文面ににじみ出ていた。<br>
<br>
その手紙を出した直後には、自分の中に渦巻く有り余った感情を<br>
次のように書きなぐっている。<br>
<br>
『ありがとう<br>
ありがとう<br>
今までずっと<br>
ありがとう<br>
たくさん傷つけてごめん<br>
ありがとう<br>
生きてくれてありがとう<br>
出会ってくれて<br>
一緒にすごしてくれて<br>
辛い事も<br>
楽しい事も<br>
二人でたくさん経験しました<br>
ありがとう<br>
本当に<br>
本当に<br>
長い間<br>
ありがとう<br>
<br>
お疲れさま』<br>
]]> 
</content>
<author>
<name>yuji_barman</name> 
</author>
</entry>

<entry>
<title>親子</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://ikikatalog.livedoor.biz/archives/898042.html" />
<modified>2009-06-12T14:55:54Z</modified> 
<issued>2009-06-12T23:55:54+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2009:yuji_barman.898042</id> 
<summary type="text/plain">■親子

街角で、若い親に大げさに失望されて、行き場の無くなっている幼い子供をみかけると
他人の事とはいえ、少し切なくなる。

「お前は本当にクズだな！」
不機嫌そうな父親に人前もはばからずそう言われ、
幼い少女はトボトボと父の後ろに付き従っていた。
右...</summary> 
<dc:subject>生き方コラム</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://ikikatalog.livedoor.biz/archives/898042.html">
<![CDATA[■親子<br>
<br>
街角で、若い親に大げさに失望されて、行き場の無くなっている幼い子供をみかけると<br>
他人の事とはいえ、少し切なくなる。<br>
<br>
「お前は本当にクズだな！」<br>
不機嫌そうな父親に人前もはばからずそう言われ、<br>
幼い少女はトボトボと父の後ろに付き従っていた。<br>
右手に抱えた可愛らしいパッケージのお菓子。<br>
<br>
「アンタは本当に馬鹿なんだから。なんでもう少し利口になれないの？！」<br>
うつむくしか無い男児にむかって、若い母親は顔を歪めてそう吐き捨てた。<br>
黄色いランドセルを背負って歩く小さな後ろ姿。<br>
<br>
「ぶつよ！？アンタ思いっきりぶたれたい！？」<br>
神経質そうな金切り声で叫ぶ母親。<br>
立ちつくして泣くしか無い、２、３歳くらいの小さな子供。<br>
<br>
子供の様な親に脅したりすかされたりされて、それでも子供達は生きるしか無い。<br>
本当に幼い子供達は、いくら苦しくても死の選択はない。<br>
彼等は自殺出来る程、主張する事をしらない。甘える事をしらない。表現する事をまだ知らない。<br>
本当に何も知らない。何も、解らない。<br>
それが子供というものである。<br>
<br>
子供の様な親は自分が生んだ子供に大人であることを要求する。<br>
知らない事を許さない。解らない事を許せない。無能である事を許せない。<br>
子供達が自分にとって都合が良くないと、許せない。<br>
いつまでも可愛く、従順で、自分の手を煩わせず、自分を気遣い、<br>
なおかつ自分の劣等感を満たすようでないと、許せない。<br>
<br>
この親は、アダルトチャイルドという言葉を知らない。<br>
そしてまさか自分がそのアダルトチャイルドであろう事を知らない。<br>
ただでさえ大変な子育てに、必要以上に疲弊して、苦悩して、<br>
家庭に本来あるはずの安心感や楽しさを失ってゆく。<br>
<br>
この親子がアダルトチャイルドという言葉を知っているだけで、<br>
いつか子供は自らを生かす事を覚えるかもしれない。<br>
いつか親は自らの過ちに気付くかもしれない。<br>
なんとなく、そんな期待をしてしまう。<br>
<br>
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]]> 
</content>
<author>
<name>yuji_barman</name> 
</author>
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<entry>
<title>ある休日</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://ikikatalog.livedoor.biz/archives/894167.html" />
<modified>2009-06-09T12:16:38Z</modified> 
<issued>2009-06-09T21:16:38+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2009:yuji_barman.894167</id> 
<summary type="text/plain">■ある 休日
たまたま頂いた休日の日取りが合ったので、
半年ぶりにサイコドラマに出席した。
天気も悪くなかったので、夕飯の準備をしてから、
作ったカフェオレを持参して自転車で４０分程。
久しぶりに会う参加者の方々は「良く来たね」と喜んでくれた。
男性は俺一...</summary> 
<dc:subject>日記：他</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://ikikatalog.livedoor.biz/archives/894167.html">
<![CDATA[■ある 休日<br>
たまたま頂いた休日の日取りが合ったので、<br>
半年ぶりにサイコドラマに出席した。<br>
天気も悪くなかったので、夕飯の準備をしてから、<br>
作ったカフェオレを持参して自転車で４０分程。<br>
久しぶりに会う参加者の方々は「良く来たね」と喜んでくれた。<br>
男性は俺一人だったが、参加者は十数人と盛況だった。<br>
和気あいあいとワークショップが進み、<br>
即興劇によって、自分の内面に思いもよらず触れた事で泣き出す方も。<br>
2時間のワークショップにて、久しぶりに、<br>
自分の特質というものをはっきり思い出させてくれる<br>
貴重な体験ができた。<br>
<br>
生きる事は大変である。<br>
生きているだけで、大変な事である。<br>
「生きている価値が無い」<br>
「死んだ方がマシ」<br>
言葉の暴力を全身で受けながら生き延びる子供もいれば、<br>
「生まれてきてくれて嬉しい」<br>
「出会えて嬉しい」<br>
周囲から少しずつ希望をもらってすくすく育つ子供もいる。<br>
そしてそのどちらの生き様にも、辛い時もあれば楽しい時もある。<br>
我々は、誰が何と言おうと生きている時点で、<br>
大変立派な事をしているという事を、<br>
今日なんとなく想いながら、<br>
川沿いで自転車を止め、パンを食べた。<br>
<br>
己の姿を良く見よう。<br>
本当に成熟しているだろうか？<br>
本当に未成熟だろうか？<br>
本当に幸せだろうか？<br>
本当に不幸だろうか？<br>
もしかしたら貴方は、その逆の自分を受け入れられないだけかもしれない。<br>
<br>
我々人間の心理に、絶対的な白か黒を期待するよりも、<br>
自分だけの微妙な色調を認識する事に時間をかけよう。<br>
それは少しずつ変色している。<br>
その過程を楽しめれば良いなあ。<br>
<br>
09年6月9日現在、俺の休日はこんな感じでした。]]> 
</content>
<author>
<name>yuji_barman</name> 
</author>
</entry>

<entry>
<title>その隣に相応しい人</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://ikikatalog.livedoor.biz/archives/893181.html" />
<modified>2009-06-09T11:48:04Z</modified> 
<issued>2009-06-09T00:43:01+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2009:yuji_barman.893181</id> 
<summary type="text/plain">親の失望の元に育つ子供と、親の希望の元に育つ子供では、
生きる動機がまるで異なる。
それぞれの環境に生きてきた子供達は、
その性質自体が異なると言っても過言ではあるまい。
リンク先の→研究においては、
その結論としての、幼い子供達の脳神経への影響をデータ...</summary> 
<dc:subject>生き方コラム</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://ikikatalog.livedoor.biz/archives/893181.html">
<![CDATA[親の失望の元に育つ子供と、親の希望の元に育つ子供では、<br>
生きる動機がまるで異なる。<br>
それぞれの環境に生きてきた子供達は、<br>
その性質自体が異なると言っても過言ではあるまい。<br>
リンク先の→<a href="http://www.asahi.com/national/update/0605/SEB200906050030.html?ref=goo">研究</a>においては、<br>
その結論としての、幼い子供達の脳神経への影響をデータとして示している。<br>
<br>
親の失望を背に生きることを強いられた子供達が<br>
「論理的に物事を考える事が難しくなる」という事は、<br>
そのまま彼等の生きる事の困難を物語っている。<br>
<br>
子育てに限らず、あらゆる育成の現場において必要なのは、<br>
誰かの歪んだ正義などではなく、真の優しさであると私は思っている。<br>
<br>
しかし、優しさ故の厳しさと、この歪んだ正義とが混同されて解釈される事が、<br>
私にはどうにも一般的な気がしてならない。<br>
教育者本人がその行為を「厳しさ」だと言っても、<br>
実は「甘え」の裏返しに他ならないという事もある。<br>
教育者は「厳しさ」というあいまいな言い訳を盾に、<br>
実は自分の要求を押し付けて、自身の歪んだ自己愛を守りたいだけなのかもしれない。<br>
<br>
本当に厳しい人は、まぎれも無く優しい。<br>
本当に厳しい人達は、自分に執着せず、相手を心底思いやる。<br>
相手を観察し、根強く、常に希望を胸に、応援するはずである。<br>
「貴方には失望した」というような言葉を厳しさであると勘違いしている人物は、<br>
ただの甘えん坊である。<br>
この人物は「失望した」と伝える事で、<br>
相手に不安と恐怖を与えたいだけである。<br>
欲求不満である自分の心を、相手を虐める事でなんとかしたいだけである。<br>
<br>
この人物は教育者としての器がない。<br>
<br>
幼い子供に限らず、人が育つためには希望が必要なのである。<br>
その希望とは、歪んだ教育者の押し付けがましい希望の事ではない。<br>
教育を受ける当人の、当人による、当人のための希望の事である。<br>
<br>
「子供の子供らしさ」に失望する様な親は、実は親たる器がない。<br>
「新人の新人らしさ」に失望する様な上司は、実は上司たる器がない。<br>
「パートナーのその人らしさ」に失望する様な人物は、実はその人のパートナーたる器がない。<br>
彼等は『お前は、もっとこうあるべき』と、もっともらしく正義を振りかざすが<br>
その正義の裏には大抵、彼等の個人的な未成熟性が見え隠れする。<br>
彼等の本音は『俺にあわせてもっとこうなって欲しい』という事であろう。<br>
これは甘えである。しかし、自分の甘えた姿を認めたくない彼等は<br>
それを直接言えないから、『べき』論を盾に、他人に要求するのである。<br>
彼等は己の子供の様な神経を受け入れられず、<br>
大人として振る舞う仮の自分の姿に執着しているのである。<br>
<br>
良くも悪くも、「その人らしさ」は必ずある。<br>
本当はその善し悪しを「にもかかわらず」の心意気で受け入れられる人物こそ、<br>
その人の隣にいるに相応しい。<br>
<br>
<br>
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<name>yuji_barman</name> 
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<title>落ち込む時</title> 
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<modified>2009-06-07T14:07:34Z</modified> 
<issued>2009-06-07T23:07:34+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2009:yuji_barman.891904</id> 
<summary type="text/plain">先日、知人に「随分変わった」と言われた。
暗い表情を長い髪でさらに隠して、
背を丸めて生きていた時代が確かにあった。
自分のために背筋を伸ばして、
出来るならば笑顔で生きようとする今の自分とは思えぬ程、
深い深い失望と供に生きていた時代があった。

あの...</summary> 
<dc:subject>日記：他</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://ikikatalog.livedoor.biz/archives/891904.html">
<![CDATA[先日、知人に「随分変わった」と言われた。<br>
暗い表情を長い髪でさらに隠して、<br>
背を丸めて生きていた時代が確かにあった。<br>
自分のために背筋を伸ばして、<br>
出来るならば笑顔で生きようとする今の自分とは思えぬ程、<br>
深い深い失望と供に生きていた時代があった。<br>
<br>
あの頃とは、明らかに<br>
違う動機で生きている。<br>
<br>
しかし「変わった」と言われて喜んだ次の日にも、<br>
酷い目にあって落ち込む事もある。<br>
周囲は余裕のある優しい人ばかりではない。<br>
皆自分と同じように一生懸命生きている、普通の人々だ。<br>
身体的にも情緒的にも、成熟した者もいれば、そうでない者もいる。<br>
今までと変わらずそんな中にあって、<br>
落ち込んだり不愉快に感じたりは度々ある。<br>
それはこれからも。<br>
<br>
「変わった」と言われた次の日は、なんだか落ち込んだ自分を受け入れ難い気がする。<br>
俺は変わったんだと思いたいからだ。<br>
俺はもう健全なんだ。<br>
俺はもうお前らより優しくて、強いんだ。<br>
俺は貴方よりも心理的に落ち着いているんだ。<br>
<br>
そう思いたい気持ちが、少なからずある。<br>
俺は、今よりずっと幼く、暗く、自己愛的だった自分に劣等感を持っている。<br>
劣等感を持っているからこそ、反射的に人と自分を比べて、どちらが上かを推し量る。<br>
そういう癖がついている。<br>
<br>
俺が今、自分に言いたいのは、<br>
落ち込んでる自分も、今の自分。それでも俺なりに立派に生きてきて、<br>
少しずつ成長している、という事。<br>
不安な自分、寂しい自分、己に執着している自分、己を粗末に扱ってしまう自分、<br>
己を直視出来ない自分、怒りや悲しみを感じている自分、<br>
つまりかつての暗い自分も、あれから何年も経て、今の自分。<br>
少しずつ成長している自分も、未だにあの暗い生き方をなぞってしまう自分も、<br>
やはり今の自分。<br>
<br>
「にもかかわらず」、俺は自分を愛したい。<br>
自分に、またあの頃の様な暗い部分を見つけても、にもかかわらず、<br>
自分を励ましたい。<br>
<br>
落ち込んだら胸を張って、自分を癒したい。<br>
落ち込んだら胸を張って、自分の心を見つめたい。<br>
これからも落ち込む事はある。<br>
自分を見失いそうになる事もあるけれど、<br>
そんな時はぐっと目を凝らして、自分の心の声を聞こう。<br>
俺は落ち込む時がある。<br>
悲しい時、寂しい時、辛い時、憤慨する時、<br>
俺はその時、自らにそう感じる権利がある事を忘れない。<br>
<br>
というわけで今日はアロマを焚いて早めに寝て、<br>
明後日の休日には何ヶ月かぶりにサイコドラマに参加しよう。<br>
<br>
早く元気になるように、大切に大切に生活しよう。<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
]]> 
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<title>相手を尊重できれば、苦しまずに済むんです。</title> 
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<modified>2009-06-05T14:46:24Z</modified> 
<issued>2009-06-05T23:27:10+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2009:yuji_barman.889493</id> 
<summary type="text/plain">職場の、威圧的な先輩が辞めた。
それだけで大分のびのび働いてる。
我ながら単純というか・・・・。
自分の感じ方次第、という事を改めて思う。
威圧的というからには、正確には
相手からの圧力を勝手に解釈しているに過ぎないのだ。
もちろん、客観的事実として威圧...</summary> 
<dc:subject>日記：他</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://ikikatalog.livedoor.biz/archives/889493.html">
<![CDATA[職場の、威圧的な先輩が辞めた。<br>
それだけで大分のびのび働いてる。<br>
我ながら単純というか・・・・。<br>
自分の感じ方次第、という事を改めて思う。<br>
威圧的というからには、正確には<br>
相手からの圧力を勝手に解釈しているに過ぎないのだ。<br>
もちろん、客観的事実として威圧的態度というものはある。<br>
しかしそれに対して右往左往してしまうのは、<br>
やはり自分の解釈の仕方が問題なのである。<br>
<br>
とはいえ、理屈では解っていても、<br>
自分の脳神経の構造そのものはどうにもならん。<br>
結局、「神経を太くする」というのは血肉を作る事であり、<br>
時間と努力を要する。<br>
<br>
堂々としていたい。<br>
揺るぎない太い神経を持ってして、<br>
威圧的（と感じる）な相手にも、堂々としていたい。<br>
別な言い方をすれば、いつだって開き直っていられたら、大分楽だろう。<br>
別な言い方をすれば、いつだって素直でいられたら、大分楽だろう。<br>
<br>
威圧的な相手から何かしらの要求を勝手に解釈して、<br>
変に緊張する。<br>
実際威圧的な相手の多くは、回りくどくこちらに緊張を求めているが、<br>
それにしても、彼等の求める空気を先読みし、<br>
忠実に、神経の細い我々の多くは緊張してしまう。<br>
<br>
多くの緊張は、馬鹿にされるとか、されないとかの疑心暗鬼から始まっている。<br>
見捨てられるとか、見捨てられないとか、<br>
キレられるとか、喜ばれるとか、そうした相手の自分に対する反応を不安視して<br>
我々は緊張するのである。<br>
<br>
だから、実は、相手を尊重出来れば、我々はもっと堂々としていられる。<br>
何度も書いてきた事なので説明は省くが、例によって相手を尊重する事は、<br>
自分を尊重する事とイコールである。<br>
自分を尊重出来れば、我々は相手の態度如何に関わらず、堂々としていられる。<br>
なぜなら、相手を馬鹿にする必要がないのだから。<br>
見捨てられるとか、キレられるとか、喜ばれるとかを不安視して<br>
右往左往しなくてすむ。<br>
自分を比較対象なしに、無償で尊重する、という事は、<br>
誰の事も見下したり見上げたりする事なく、<br>
独自の個体として一人一人から価値を見いだせるのである。<br>
<br>
そのような姿勢をもってしても、<br>
嫌われる事も、馬鹿にされる事も、キレられる事も時にはある。<br>
それはそれなりに悲しかったり悔しかったりする事だが、<br>
しかしだからといって、自分の感じる自らの尊厳を動揺させる要因には、<br>
本来ならない。<br>
もし我々が、自分を、そして相手を、独自の個体として、<br>
それぞれ尊重しているのであれば。<br>
<br>
嫌な人なんてどこにでもいる。自分にも、嫌な部分と言える様な欠点はある。<br>
彼等もそれと同様に、多くの欠点を担い、しかしそれぞれに特質をもち、<br>
それぞれの人生を生きている事を感じる事が出来れば、<br>
なんて事はない。<br>
一生懸命生きている我々とも、なんも変わらんという事が解るだろう。<br>
<br>
尊重できれば楽になる。<br>
卑下する事を手放せば楽になる。<br>
<br>
まとめると、<br>
ありのままの自分を尊重するという事は、比較対象もなく、<br>
無償で自分を愛するという事だろう。<br>
それはつまり、相手を尊重できるという事とイコールである。<br>
そうして得た我々の無償の尊厳は、お互いの素直な態度を許し合う。<br>
<br>
尊重できたらいいなあ。。。。<br>
それにしても今日はのびのび働いた。<br>
結局、辛かった職場も2ヶ月程で慣れてきた。<br>
<br>
私の神経はまだまだ細いが、<br>
結局のところ、深い悩みの正体は大なり小なり、<br>
こんなもんである。<br>
脆弱な神経といえど、<br>
筋肉同様に、無理なトレーニングは筋肉痛など故障を招くが、<br>
適度な鍛え方は、緻密で丈夫な筋肉を作ってくれる。<br>
誰に何と言われようと、少しずつで良い。<br>
自分のペースで神経鍛えていこう。<br>
<br>
我々は、誰でも、それが出来るのだから。<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
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<title>向上心</title> 
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<modified>2009-05-25T13:41:59Z</modified> 
<issued>2009-05-24T23:36:44+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2009:yuji_barman.874787</id> 
<summary type="text/plain">■ 向上心

向上心と簡単に言うが、今回はそれを2種類に分別した話をしよう。
まず、ここに”私”という人間がいる。
私の能力は数字にすれば１０である。
現実的に、どうあがいても、１０なのである。

一つ目の向上心は、この１０という数値を認められず、どうにか...</summary> 
<dc:subject>生き方コラム</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://ikikatalog.livedoor.biz/archives/874787.html">
<![CDATA[■ 向上心<br>
<br>
向上心と簡単に言うが、今回はそれを2種類に分別した話をしよう。<br>
まず、ここに”私”という人間がいる。<br>
私の能力は数字にすれば１０である。<br>
現実的に、どうあがいても、１０なのである。<br>
<br>
一つ目の向上心は、この１０という数値を認められず、どうにかして２０にしようとする。<br>
もっと極端に言えば、この向上心は１０という値を無視して、はなっから２０であろうとする。<br>
理由は様々であるが、例えば思いつくのは、”周囲の人間が皆１８という数値に見えるから”という理由である。<br>
１０である自分はとても恥ずかしい。<br>
実際周囲の人達も、１０である自分に幻滅しているようである。<br>
すると、もはや自分が１０であるとは、情けないから、たとえ事実であろうとおくびにも出せない。<br>
だから「私は２０である」とおおっぴらに宣言して回る。<br>
<br>
しかし、もう一方の向上心は１０である数値を確認した上で、１１になろうとする。<br>
以後もその繰り返しで、現在の数値を一つずつ増やす事を地道に努力する。<br>
周囲の人間はどうやら１７、１８程度であるが、それでも、自分が１０である事実を蔑ろにしない。<br>
辛くても、この事実を我慢して受け入れる。<br>
そして、１１、１２、と地道にステップアップする。<br>
周囲の数値は関係ない。自分は自分であると割り切って、自分の成長に全力を尽くす。<br>
<br>
以上が２種類の向上心である。<br>
言わずもがな、前者に実際の向上は期待できない。<br>
向上したように見えるだけで、それは例えば演技力が身に付いただけである。<br>
１０の数値を２０に騙し見せかけるという演技力である。<br>
しかしどうあがいても実際は１０なので、２０としての力はない。<br>
この向上心は、１０を仮に２０に見せているだけで、実はひとつも向上させてはくれない。<br>
<br>
しかし後者は、１０を１０として認めているので、他人にどう言われようと１１になろうと努力する。<br>
「あいつ１１程度だもん、だめだよ」と言われても、１１になるように努力する。<br>
凄い集中力で、周りの失望に影響を受けない。<br>
ゆっくり、着実にステップアップする。<br>
２０に至まで何年かかろうと、目の前の数字を目指してひた走る。<br>
<br>
要するに、人が自分で成長したければ、実際の自分を認めなければ始まらないという事である。<br>
前者の正体は、向上心ではなく虚栄心である。<br>
そして後者こそが向上心である。<br>
<br>
私は世間的には良い歳と言われる三十路であるが、<br>
私なりの道を歩んでいると思っている。<br>
私なりに、着実に、一歩一歩成長を遂げている。<br>
それは端から見ればなんて事ないかもしれないが、他と比べて低レベルかもしれないが、<br>
私の成長は、序所に加速している。<br>
<br>
重要なのは、私が私自身を実感出来る、という事である。<br>
私は１０である自分自身から目を背けない。<br>
その上で１１を目指し、次は１２を目指す。<br>
旅は始まったばかりである。<br>
これは一生をかけて行う、自分だけの旅である。<br>
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<br>
<br>
]]> 
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<name>yuji_barman</name> 
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<title>本当の自分＝感動している時の自分</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://ikikatalog.livedoor.biz/archives/871242.html" />
<modified>2009-05-21T14:36:03Z</modified> 
<issued>2009-05-21T23:36:03+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2009:yuji_barman.871242</id> 
<summary type="text/plain">チラ読みした心理学の本に、今流行の「本当の自分探し」について的確な指摘があった。
正確な文体は忘れたが、「本当の自分とは、何事かに感動している時の自分である」という事であった。
ここ最近、自分が大いに感動していた時はいつ？を考えてみた

■
私に限らず、...</summary> 
<dc:subject>生き方コラム</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://ikikatalog.livedoor.biz/archives/871242.html">
<![CDATA[チラ読みした心理学の本に、今流行の「本当の自分探し」について的確な指摘があった。<br>
正確な文体は忘れたが、「本当の自分とは、何事かに感動している時の自分である」という事であった。<br>
ここ最近、自分が大いに感動していた時はいつ？を考えてみた<br>
<br>
■<br>
私に限らず、人は多かれ少なかれ自信を欲して生きているはずである。<br>
惜しむらくは、その動機と矛盾する行動によって、<br>
益々自信を失ってしまう人が絶えないという事である。<br>
<br>
例えばアダルトチャイルドは、自信が欲しくて他人に迎合する。<br>
しかし現実には他人の意思は自分の思い通りにはならないから、<br>
一度でも他人の失望を買えば、彼等の心は奈落の底まで転落してしまう。<br>
<br>
思えば私はそのアダルトチャイルドである自分をなんとか救い出したくて努めて来た。<br>
暇あらば心理学の本を読みあさり、自分自身の「育て直し」に熱中してきた。<br>
そしてそれ以来私が意図してとる行動は、明らかにその回復過程に伴っていった。<br>
<br>
今の私が情緒的に成熟した大人である、という事では全くない。しかし、<br>
少なくとも私はそれまでの私が信じていた「自信を得る方法」の間違いに気付き、<br>
それとは全く正反対のやり方で、なんとしても自信を得たいと思って行動してきた。<br>
ここで言いたいのは、その生き方で自信を得られたか否かという事ではなく、<br>
私がここ数年何を目的に生きていたか、何に感動して生きていたか、という事である。<br>
かつてどうしようもない程に生き辛さを感じていた私は、<br>
少しでも生きやすくなる為に、自分を信じたくて仕方が無かった。<br>
自分を自分で殺害する、という地獄から、何とかして自分を救い出したかった。<br>
この厳しい現実世界において、なんとしても自分に生きる力を与えたかったのだ。<br>
<br>
思うに、私が職業に接客を選んだ一番の理由はそこにある。<br>
自意識が高過ぎた私は、特に接客が得意なわけでもなかったが、<br>
しかし接客を通して、長年苦しんできたこの自意識を捨てて自己表現する事に<br>
感動を覚えたのである。<br>
お客に笑いかける事。お客を気遣う事。大きな声を出して職場を盛り上げる事。<br>
それらの一つ一つは客観的にみれば実に他愛も無い事かもしれないが、<br>
当時の私にとっては「努力すればなんとか超えられる」というレベルのハードル達である。<br>
要するに、私は自分に自信を持たせるために、何かを成そうとして成し遂げたと思わせるために、<br>
当時の自分に無理の無いハードルの数々を自分に課してきたのである。<br>
「他人にどう思われようと、今の俺にはこれがせいいっぱい。俺は俺なりに立派にやっている。」<br>
と自分に言い聞かせながら、<br>
自分なりの高さのハードルを選び、ちょこちょことセッティングして飛び越えながら、<br>
なんとかここまで進歩してきたのである。<br>
<br>
私はこの細々としたセッティングこそ、<br>
自分の中に新たに芽生えた本当の優しさであろうと思う。<br>
自分の力量を理解し、その力で飛び越えられる程度のハードルを設置し、<br>
飛び越えた時には自分を讃える。<br>
<br>
たとえ周りから馬鹿にされるようでも、<br>
地道な特訓を細々と繰り返して基礎体力をつけていこう。<br>
私はこれを、厳しさであり、本当の優しさであると考える。<br>
つまり、子供がこの現実社会で生きて行けるよう、適切な課題を与え続け、<br>
その成長を責任をもって暖かく見守る事ができるのは、<br>
厳しいが、子供の人生を心から案じる、真に優しい親であろう。<br>
私は今、親の代わりに、私のインナーチャイルドを育て直している。<br>
<br>
<br>
ところで、極端にいえば、自分を肯定する為に我々は行動をする。<br>
私も勿論その一人であるが、アダルトチャイルドである私にとっては、<br>
自己肯定はその回復によって解りやすく為される。<br>
その回復とは、ありのままの自分を感じ取り、受け入れる事だ。<br>
自分を守り、チャレンジし、励ます事。<br>
厳しいサービス業を通して、私はそれをする。<br>
他人の失望をかわし、自分の力量や状態を理解し、<br>
自分なりに前に進んでいる事を感じ取る。<br>
その為に小さな課題を繰り返しクリアする。<br>
<br>
明日はにっこり笑おう。<br>
朝、空を見上げて出勤しよう。<br>
自分に優しい音楽を聞こう。<br>
電車で着席した時、前にお年寄りがいたら譲ってみよう。<br>
すれ違った隣人に挨拶してみよう。<br>
他人の甘えには動じずに、しかし蔑ろにはせず、<br>
真摯に応答してみよう。<br>
言いづらい事でも、いざという時にははっきり自分の主張をしてみよう。<br>
疲れた自分を思い切り労おう。<br>
自分の情緒的な未熟を真摯に受け入れて、絶対に見捨てる事なく励まし続けよう。<br>
この世に１人しかいない自分を、何があっても尊重し続けよう。<br>
無理な事は無理である事を受け入れ、<br>
しかし頑張れば出来る事はやらせてみよう。<br>
それが出来たら、心から、大いに祝おう。<br>
<br>
その時、「生きていける」と素直に感じる事が出来る。<br>
私はそういう時に、大いに感動している。<br>
<br>
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<name>yuji_barman</name> 
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<title>「言えない」のか、「言わない」のか</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://ikikatalog.livedoor.biz/archives/871140.html" />
<modified>2009-05-21T13:06:46Z</modified> 
<issued>2009-05-21T22:06:46+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2009:yuji_barman.871140</id> 
<summary type="text/plain">先日、会社の先輩に歯向かった。
私より１０も年下のその先輩は、肩で風を切って歩く様な、解りやすい程に大人ぶった子供だ。
彼を見ていると、彼自身への要求が凄い。負けず嫌いである。
従って自分のミスを認められない。
それはつまり、自意識の高さである。
鼻につ...</summary> 
<dc:subject>生き方コラム</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://ikikatalog.livedoor.biz/archives/871140.html">
<![CDATA[先日、会社の先輩に歯向かった。<br>
私より１０も年下のその先輩は、肩で風を切って歩く様な、解りやすい程に大人ぶった子供だ。<br>
彼を見ていると、彼自身への要求が凄い。負けず嫌いである。<br>
従って自分のミスを認められない。<br>
それはつまり、自意識の高さである。<br>
鼻につく自慢話が多く、基本的に他人に興味を持ってはいない。<br>
<br>
彼は今年で１９だと言う。なるほど強がってはいるが、<br>
実は実際の自分にはそれほど自信がないのだろう。<br>
自信があれば肩で風切って歩く必要などない。<br>
自信があれば失敗を素直に受け入れ、素直に反省出来る。<br>
彼には素直さがない。<br>
何様かと問いたくなる程、偉そうで、とても１９歳の立ち振る舞いとは思えない。<br>
<br>
そういう厄介な人が私の仕事上の先輩になった。<br>
子供の言う事だから大抵は我慢出来る。<br>
子供は馬鹿なものである。強がったり大人ぶったりは当たり前であろう。<br>
随分と彼の嫌味な発言を受け流してきたが、いくら相手が子供でも、さすがに不愉快になる態度も、ある。<br>
彼は私の仕事のあら探しをするが、あらを見つけては、目ざとく威圧的に、嫌味を口にした。<br>
私が怒らない人だと思ったのかもしれない。<br>
また、私が自分についた初めての部下だとでも思ったのかもしれない（別に部下ではない）。<br>
彼の発言は、私が感じてきた限り、<br>
何よりも彼の歪んだ自意識を満足させるためだけに誇張されたものであり、<br>
私が仕事を覚えて行くのに必要不可欠なものではなかった。<br>
むしろ、彼の発言を真に受ければ受ける程、私は足を引っ張られる思いがした。<br>
<br>
理不尽な人間はどこにでもいよう。<br>
そしてそれらの人の理不尽な態度の殆どは、<br>
彼等の自己満足という歪んだ目的が故である。<br>
<br>
私は、彼の発言を真に受けず、しかし彼の自尊心を傷つけないよう、<br>
数々の威圧的な嫌味を毎度の事として受け流し続けたが、<br>
<br>
さすがに今日の発言は理不尽過ぎた。<br>
私は彼の奴隷ではない。<br>
部下ですらない。<br>
取り乱す事なく、「出来れば、もう少し優しい物言いが出来ないでしょうか？<br>
貴方の言い方は威圧的で、嫌味で、高慢で、正直一緒に仕事するとモチベーションが下がる一方です。<br>
教えてくれる事には感謝しますが、仕事を覚えても覚えても、貴方といる限りはどんどん自信を失って行きます。<br>
もし、貴方がその言い方を『しなければならない』のであれば、私が我慢するより仕方ありませんが、<br>
今の様な発言は辞めていただけるのであれば、私としては非常に助かります。仕事を覚えるのももっと早くなるでしょう。」<br>
と言った。<br>
<br>
彼はニヒルに笑いながら聞いていた。<br>
強がっているのだろう。<br>
私の言ってる事は、本来、別に面白くもなんともない。<br>
意図的な苦笑いは、もはや不愉快というより哀れにも見えた。<br>
彼は必死に反抗したが、私は態度を断固として変えなかった。<br>
極まって、「なら辞めてくれて良いです」と彼は言った。<br>
正直社員でもない人間にそこまで言われる筋合いもないが、<br>
「それは自分で決めます。私は貴方に、その威圧的な物言いを和らげてもらえるか否かを尋ねているのです」<br>
と言うに止めた。<br>
彼は子供だ。<br>
子供は我がままなものだ。<br>
といっても、健全な１９歳ならもう少し素直かもしれないが、<br>
自分の立場を見誤る程に、実際の彼は子供である。<br>
内心はどうやら穏やかでなく、彼は取り乱すのをひた隠す空元気でそれ以降を働いていたが、<br>
最後に、「今日はすみませんでした」と言ってくれた。<br>
私は「いいえ。私こそ、明日からもっと頑張ります。教えていただいている事に感謝します。」<br>
と笑って答える事が出来た。<br>
<br>
理不尽な人は、世の中に大勢いる。<br>
その全てに抗っているようでは、社会を生きているとは言えまい。<br>
しかし、理不尽な人に、「その理不尽な態度をやめていただけませんか」と頼む事は出来る。<br>
私は菩薩の様な人間にはなれない。<br>
相手が子供であろうと、頭に来る事はある。<br>
重要なのはその怒り方であろうと思う。<br>
例えそれが言い難い事でも、後でキレるくらいなら、言いたい事は抑圧せずに言った方が良い。<br>
「言えない」のと「言わない」のとでは大きく違う。<br>
己にとって、「あえて言わない」事には価値があろうが、<br>
「言えない」事には価値はない。<br>
不安は増大し、いつしか火山のように噴火して、<br>
それが内に向くか外に向くかはその人次第だが、<br>
いずれにせよ後悔する事にはなる。<br>
<br>
相手が誰であろうと、それが何事であろうと、<br>
「言えない」のなら言った方がマシ。<br>
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<name>yuji_barman</name> 
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<title>弱音を吐く事</title> 
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<modified>2009-05-17T14:14:59Z</modified> 
<issued>2009-05-16T21:02:19+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2009:yuji_barman.865244</id> 
<summary type="text/plain">■ 生きることは、辛いか

辛い気持ちは未だにある。
どんなに健全な大人でも、生きていれば辛い事は多々ある。
ただし、情緒的に成熟した人ならば
それを冷静に受け入れる事が出来る。

俺も毎日、大なり小なり辛い。
時折現実から目を背けたくなる。
多分心の奥で...</summary> 
<dc:subject>生き方コラム</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://ikikatalog.livedoor.biz/archives/865244.html">
<![CDATA[■ 生きることは、辛いか<br>
<br>
辛い気持ちは未だにある。<br>
どんなに健全な大人でも、生きていれば辛い事は多々ある。<br>
ただし、情緒的に成熟した人ならば<br>
それを冷静に受け入れる事が出来る。<br>
<br>
俺も毎日、大なり小なり辛い。<br>
時折現実から目を背けたくなる。<br>
多分心の奥では、泣きたい俺がいる。<br>
「生きることが辛い。」<br>
「仕事が辛い。」<br>
「人間関係が辛い。」<br>
「面倒だ。」<br>
「希望が持てない。」<br>
「楽しくない。」<br>
「お金がない。」<br>
「地位もない。」<br>
「根無し草だ。」<br>
「孤独だ。」<br>
「悲しい。」と言っている。<br>
<br>
俺は働いている。<br>
俺は本当に良くやっている。<br>
心の奥にいる小さな俺は、<br>
「でも、誰もそれを認めてくれない。」と嘆いている。<br>
<br>
しかし俺だけは、本当に心の底から認めたい。<br>
俺は良く生きている。<br>
素晴らしく、頑張って生きている。<br>
真剣に、努力している。<br>
耐え忍び、辛くても、前を向いて生きている。<br>
嵐の中を生きている。<br>
<br>
だからあえて、こうして一人で弱音を吐く。<br>
そして弱音を吐いている自分を、このように直視する。<br>
<br>
もう、弱音を吐く自分から絶対に目を背けない。<br>
<br>
どれほど自分が弱くても、それでも俺は励まし続ける。<br>
自分を心の底から理解し、俺は応援する事を辞めない。<br>
<br>
俺は強くはない。<br>
俺は優しくはない。<br>
だから俺は強くなりたい。<br>
だから俺は優しくなりたい。<br>
俺は愛する力を身につけたい。<br>
<br>
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<title>夢を考える</title> 
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<modified>2009-05-16T11:50:20Z</modified> 
<issued>2009-05-16T20:50:20+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2009:yuji_barman.865228</id> 
<summary type="text/plain">夢を具体的に考えてみる

今という現実を踏まえて夢を設計してみよう。
現実的な目標（夢）を立てる事は、自分にどのような効果をもたらすか。
思うにそれは、自分の生きる動機を明確に表す。
その目標の為に、ひいては自分のために明日を生きる事になる。
親の顔を伺...</summary> 
<dc:subject>日記：他</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://ikikatalog.livedoor.biz/archives/865228.html">
<![CDATA[夢を具体的に考えてみる<br>
<br>
今という現実を踏まえて夢を設計してみよう。<br>
現実的な目標（夢）を立てる事は、自分にどのような効果をもたらすか。<br>
思うにそれは、自分の生きる動機を明確に表す。<br>
その目標の為に、ひいては自分のために明日を生きる事になる。<br>
親の顔を伺いながら勉強するのではなく、<br>
世間体を気にしながら受験するのではなく、<br>
社会的地位を憂いながら就職するのではなく、<br>
自分が、どんな自分になりたいのか、<br>
ナルシシズムを排除してよくよく考えてみよう。<br>
<br>
俺はいつか、本当の意味で優しい人になりたい。<br>
本当の意味で優しい人とは、同時に強い人の事でもある。<br>
愛する事が出来る人の事である。<br>
従って、優しさと厳しさを兼ね備えた人物である。<br>
自分があり、自分の為に生きれるから、<br>
他人の事を心から気遣える人物である。<br>
つまり心が充実した人の事である。<br>
<br>
俺はバーテンダーという職業を通して、つまり接客を通して、<br>
そういう人物になりたい。<br>
あらゆる現場を体験し、一人でも多くの人と関わり、<br>
なおかつ自分を心静かに見つめ続け、<br>
充実して生き続けたい。<br>
<br>
従って、俺は今の職場を半年程で退職したい。<br>
仕事内容に慣れ、現場に慣れ、技術と知識が身に付いた頃には<br>
別天地にて新たな経験を積みたい。<br>
<br>
さらに、俺は小さな家でも良いから、充実した休日を送れる様な家が欲しい。<br>
だからお金も重要だ。<br>
俺は自分の可能性を広げたい。<br>
だから時間も重要だ。<br>
寝心地の良いベッドを買おう。そうすれば心身の疲れも取れ、<br>
より充実した毎日を得られる。<br>
お酒用の棚を買おう。自分でカクテルをもっと楽しめれば、<br>
仕事にも有用だ。<br>
休日は計画的に過ごそう。俺は仕事がない日でも、<br>
やはり生きているのだから。<br>
<br>
もう、孤独を忘れるために金と時間を削くのは辞めたい。<br>
<br>
俺には夢がある。<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
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